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読書感想文『夜のピクニック』-登場人物たちとともに歩く,という体験

歩行祭」というイベントがあります。

ある高校で毎年催されている学校行事です。高校生たちは朝8時半に学校を出発し,翌日の朝まで丸一日かけて,80キロもの行程を歩きます。前半はクラスごとに列をなして進む集団歩行。後半は仲の良い友達と歩いたり,走って順位を競ったりする自由歩行。参加者の足にはマメができ,疲労で極限状態に追い込まれます。

一見して,何が楽しいのか全く理解できないイベントですが,親しい友人と過ごす非日常的な夜は,多くのドラマを生みます。友情,恋愛,家族関係。

等身大の高校生たちが抱えている悩みは,心身ともに極限状態に追い込まれることで無駄なものがそぎ落とされ,クリアになっていきます。

歩行祭というイベントを通じて,登場人物たちは何と向き合い,誰と,どんな言葉を交わすのか。読んでいるこちらも,まるで彼らと一緒に星空の下を歩いているような,そんな気持ちを味わえる物語です。

 

主人公たちは高校三年生として,最後の歩行祭に臨みます。ゴールを目指して歩みを進めていく彼らは,当然ながら後戻りをすることはありません。進行方向は常に,前。

その中で彼らは何度も,今見ている景色が今だけのものであること,いま歩いている場所はもう二度と歩くことがない場所であることを悟り,噛みしめます。

くっさい表現をすれば,まるで人生の縮図のようではありませんか。高校生という青春真っ只中の時間は,過ぎてしまえば二度と戻ってくることはありません。

高校生に限らず,ぼくたちは「いま」という時に,いましか考えられないことを考え,いましか見られないものを見て,いましか交わせない言葉を誰かと交わしています。

一歩でも前に進めば視点は変わり,そこから見える景色はまた以前のものとは違ったものとなるはずです。ぼくたちが生きている「いま」という時間は「いまだけ」のものであり,もう二度と戻ることのできない場所です。過ぎ去ってしまえば,もう二度と取り戻すことはできません。歩みを止めることはないのです。

 

ぼくがいまになってこの本を読んだのは,職場の先輩がきっかけでした。実はこの歩行祭は実在するイベントで,ぼくの先輩はその高校のOBだったのです。

歩くだけ,という大雑把なイベントでありながら,在校生にとってはとても大きな関心事であるそうです。歩ききれるのか,誰と歩くのか,何を話すのか。

制限時間内に歩ききれない生徒は後発のバスに回収されるそうですが,みなそれを回避するために必死になるそうです。そしてその高校のOBたちはその全員が,歩行祭に関する思い出,人に語れるエピソードを持っているのだそうです。

クラスメイトと腹を割って話したり,恋人と並んで歩いたり,部活のチームメイトとタイムを競ったり。非日常的な状況下で友人の新たな一面を見て,励まし合ったり,助け合ったり。素敵だと思いませんか。正直,羨ましいです。

 

かけがえのない「いま」に何を考え,どんな景色を見て,何をするか。足が痛くても疲れていても,前に向かって一歩一歩懸命に進むことで,いつか振り返ったときに「いま」はかけがえのない思い出になるのかなと思います。おろそかになりがちですが,一歩一歩を必死に踏みしめながら。

 

高校生たちが日昼夜を通して,ただひたすら歩くだけ,というストーリーではありますが,登場人物たちとともに歩き,その時間を共有したような,特別な特別な読書体験ができる一作です。恩田ワールド,全開!

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