ぱぱハート

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読書感想文コンクールの作品を読んだら,ブログをやめたくなったはなし。

タイトルどおりでございます。

いや,やめませんけどね。

 

第62回青少年読書感想文コンクールが開催されました。

新聞に掲載されていたいくつかの入賞作品を読み,衝撃を受けました。

 

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掲載されていたのは,小学生から高校生までの学生たちが書いたものです。にもかかわらず,読む人を惹きこむような作品がそこに並んでいました。本を読み終えたときの読後感や,読書という経験を通して本が問いかけ,考えさせてくれたこと。それらを通して,いままでとは少しだけ違って見えるようになった日常の世界。

読書によって世界が広がり,価値観が変えられ,人としての引き出しが増えていくような体験。それらについて綴られた文章は,まるでキラキラと輝いているかのようであり,おっさんの目にはとても眩しく映りました。

 

新聞に掲載されていた読書感想文の,とても学生が書いたとは思えないような言い回しや表現には,感服しました。さすが,コンクールで入賞するような作品。

ぼくなんかにはとても書けそうにない文章が綴られていました。とても敵いません。こんなブログにつたない文章を晒していることが恥ずかしくなってきました。で,タイトルのとおりです。いや,それでもまだやめませんよ。

 

ぼくにとって本は,人生を補ってくれるような存在でした。人生には終わりがあり,時間には限りがあります。自分が経験できるのは,当たり前ですが自分の人生のみです。でもそれだけでは足りないのです。わからないことが多すぎるのです。もっといろいろな世界を知りたい。もっとさまざまな体験をしたい。好奇心を満たすためには,時間が足りないのです。

 

それを,本を読むことで補ってきました。誰か違う人の人生の話を聞き,冒険や恋愛など普段の生活ではできないような経験をした気分を味わいました。自分とは違う考え方の登場人物に想いを馳せ,考えたり悩んだり。自分が物語に参加しているかのように夢中でページをめくった本もあります。

 

活字の世界は,学生のぼくに多くのものを見せ,新たな価値観を生み,様々なことを考えさせてくれました。もちろん,好奇心を満たす方法は,他にもあります。例えば自分を違う経験を持つ人と話すことは,とても勉強になることでしょう。漫画も,映画も,ゲームだって何かをもたらしてくれるかもしれません。なにも本に限ったことではありません。

たまたま,ぼくがそんな感覚を最も強く持てたのが読書だったというだけです。ただ,読書が好きだっただけです。

 

ぼくが学生時代に書いた読書感想文はいずれも,課題であったり,義務であったり,誰かに強いられて書くものでした。本を読むこと自体は好きでしたが,もっぱらインプット専門でした。読んだ本についてのアウトプットをする機会は,強いられた読書感想文を書いたときのみだったのではないかと記憶しています。

 

しかし,読んだ本はアウトプットすることでより一層,自分のものになります。特に読書感想文という文章を作るためには,かなり明確に思考を整理することが必要です。読んだ本の内容を反芻し,時に読み返したりしながら理解を深め,自分の思いを落とし込んでいく。目で文字の表面をなぞるだけではなく,ゆっくりとよく噛んで味わうことで,文章は自分の中に取り込まれ,消化されていくのです。

 

若者の活字離れが嘆かれて久しいですが,あながち悲観するほどではないのかもしれません。もしかしたら,読書感想文コンクール入賞するような作品を書ける子たちは,本の虫と呼ばれるような,例外的な絶滅危惧種なのかもしれません。将来,文章をつくることを仕事にする,プロのたまごもいるのかもしれません。

 

しかし,そうでない子たちだって,いまどきはSNSなんかでも文章をつくったりしますからね。アウトプットの機会は意外と多いのかもしれません。SNSで文書力が向上するとは思えませんが,それも一つの経験であり,何かの糧になることもあるのでしょう。

 

社会人になり,本を読む機会はだいぶ減りました。子どもが生まれると,さらに。

それでも,時間を見つけて本を読もう。ろくな文章は書けないだろうけど,読書感想文も書いてみよう。おっさんも頑張ろう。

文章を読んで衝撃を受けるなんて,なかなかない貴重な体験をさせてもらいました。