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「家族サービス」という言葉のもつ違和感

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人それぞれ,仕事に対する考え方は違うかと思います。仕事で人生を充実させているような人は,どれだけ働いても苦痛じゃなかったりするんですかね。羨ましいような,そうでもないような。

断じて,ぼくは違います。

休みたい。楽したい。あわよくば働きたくないのに,生計を立てるために,お金をもらうために職場に通い,日々の仕事をこなしています。眠い,行きたくない,暑い,帰りたい,めんどくさい,やりたくない。そんな暗澹たるぼくの日々に射し込めた微かな光。夏休み。

台風10号の進路が予想を大幅に裏切った8月の終わり。ぼくは待ちに待った夏休みにありつけました。休む時期を妻と合わせ,子どもに保育園を休ませ,ぼくは家族で旅行に出かけましたとさ。

 

「家族サービス」という言葉

旅行の詳しい行程は追々書くことにしますが, その内容は子どもを中心に考えたものでした。日々の生活とは違う時間の流れの中で,いかに子どもに負担をかけずに,子どもを楽しませられるか。家族旅行は,親サイドの企画力を問われるイベントです。

こんな風に,自分のためでなく家族のためにお休みや時間を費やしたときに,「家族サービス」という言葉が使われることが,ままあります。

家族に対して,サービスをするという意味なんでしょうけど。これ,違和感ないですか?サービスって,労務や役務の提供ですよね。それを家族に提供するということ。

言いたいことはわかりますよ。自分の休暇を,家族のために費やしたんですから。旅行のスポンサーなりドライバーなりとしてのお父さん。家でごろごろしていたいのに,頑張ったんですからね。

でも,サービスなんて言葉自体,なんだか仕事染みてて寂しくないですか。何のためにサービスなんてしてるんですか。イヤイヤ感も露骨に出ますし,家族なのにビジネスライクな関係のように聞こえてしまいます。普段の料理や掃除のような家事も,家族サービスなんでしょうか?家族に何かを買って帰ることも?もう家族のためにすることは何もかも,家族サービスです。いつか妻か子どもがぼくの供養をしてくれるんでしょうけど,それを彼らが家族サービスとしてやっていたら,ぼくはちゃんと成仏できるでしょうか。

また,家族サービスという言葉を使うのは,男性がほとんどであるように思います。これだけ女性の社会進出が進んでいるにも関わらず,この言葉は女性は内,男性は外という考え方を表象してしまっているように思います。男性が,家族というコミュニティを少し外側から見ているような,そんな違和感を覚えます。

 

旅行を通して得たもの

 ぼくの職場でも,早く夏休みを取った同僚が,夏休みは何してた?という問いに家族サービスだと答える一幕がありました。そのときは,自分もそうなるんだろうな,と漠然と考えていました。

でも実際に旅行を終えてみて,考えが少し改められました。確かに今回の旅行は,子どもを楽しませることに主眼を置いたものでした。行きも帰りも2時間以上にわたって車を運転したため,休暇というには疲労が残るものでした。確かにぼくも家族に対して,労務なり役務なりの提供はしました。

でも,それって自分のためなんですよね。なぜ子どもも楽しめる場所に出かけたかといえば,子どもを喜ばせたかったからなんです。そんな子どもの姿を見て微笑む妻の顔が見たかったからなんです。どちらもぼくが進んで求めたことであって,自分自身のためのことです。

ぼくは今回の旅行で,それらを達成することができました。すべてが思い通りにいったわけではありませんでしたが,総じて,とても楽しい時間を過ごすことができました。

職場で,ぼくは夏休みの話を同僚にするでしょう。疲れたとか,ネガティブな面を少し強調するかもしれません。でも,家族サービスという言葉は使いません。もちろん,家族サービスという言葉を使うことを否定するつもりはありません。ただ,これはぼく身がこの夏休みを十分に楽しんだからであり,家族との関わり方についてのぼくなりの意地のようなものだったりするのかもしれません。