ぱぱハート

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

仕事ができる上司との縮まらない差

4月にね、異動したんです。

地方の小さい支部にいたぼくは、ある程度大きな局に異動しました。栄転とかではなく、ただ、そういう年回りだったので。

新しい職場、新しい仕事、新しい上司。転居などによる新生活も相まって、なかなかにしんどく、心身に負荷をかけながら日々を過ごしました。

それでも、周りには見知った人が何人かいて。新しい上司や同僚もいい人だらけという奇跡のような労働環境だったので、ここまでの半年間は大過なく過ごすことができたかなと思います。

敢えて難しかった点を挙げるとすれば、ワークライフバランス。意識しているつもりでも、自分ではどうしようもない力によって、ワークかライフのどちらかに重心が傾いてしまうことがしばしばありました。そのことによって色々な人に迷惑をかけましたし、ストレスも溜まりました。が、まぁそれはいいとして。

 

新しい職場は、割と出世コースのようです。ぼくのような末端ヒラはそうでもないのですが、管理職クラスはいい部署から異動してきて、またどこかにご栄転というパターンが多いようです。

つまり、エリートです。

ぼくも入社してそれなりに時間が経っています。異動の多い職種なので、まぁまぁな数の人と一緒に仕事をしてきました。その中でも、いまの職場の上司たちはすごい。これまでも、単純な事務処理能力などが高い人は何人もいました。

が、いまのエリート上司とは決定的な差があるようです。一緒に仕事をして、気づきました。仕事ができる人と、そうでない人。その決定的な差に。

 

それは、仕事を好きか、否か。

 

もったいぶっておいて、これかよ、と言われそうですが。言葉にしてしまうとなんだか薄っぺらく、当たり前のようなことなんですけどね。実際に目の当たりにすると、なかなかなカルチャーショックを感じました。

上司たちは、仕事が好きなんです。仕事によって自らを成長させ、人生をより充実したものへと昇華している。超楽しそうに働いてますもん。活き活きしてますもん。仕事取り上げたら枯れそうですもん。

これまでも、やぶさかではないレベルの人はいました。ミスが少なく、周囲からの要求に応えられるような人は。でも、そうした人たちは、「やってもいいよ」ベースで働いていたり、「評価されている自分」のために働いていたり、そんな感じだったんです。

でも、いまの上司たちは違う。誰も見ていなくても、求められている要求以上のものを作ろうとする。それが、彼らの生きがいであり、生き様。そうすることが楽しく、面白いと感じておられるようです。

 

ぼくなんかは、とにかく給料のために働いているタチなので、可能な限りサボりますし、必要以上のことはしたくありません。必要がないならとっとと退職したいくらいです。

でも、こいつ使えねーと思われるのは辛いですし、辛い思いをしながら仕事をし続けるのは地獄です。子どもにも、そんな父親を見せたくないですし、世間に対するちっぽけな見栄のようなものもあります。なので、ある程度マジメに取り組んでおる次第であります。

 

絶対に縮まらないですよね、ぼくと上司たちのチカラの差。根っこの部分が違うんですもん。まさに、根本的なところが。ぼくがどれだけ勉強し、能力を高めたとしても、彼らには敵わないのだろうと思ってしまいます。

 

やっぱり、楽しんだもの勝ちなんですかね。ぼく、なんでこんな記事書いてるんでしょうか。なんだか辛くなってきましたよ。

あーあ。この記事を上司たちに見せたら、給料上げてませんかね?絶対に見られたくないですけどね。