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お母さん,いつもありがとう

お母さん,いつもありがとう。

 

まずは,キットカットネスレが作成した動画でも見て,涙を流してください。

 


キットカット ママの母親参観日

 

 

我が家の子どもはいま,2歳半。

 

妻が母親になって2年半。その前,妊婦だった時期も入れて3年半弱程度。まだまだ人間としても未熟なぼくたちは,慣れないながらも子育てという重大なミッションに取り組んでいます。

 

幾度となく失敗をしました。こう言えばよかった。あんなことしなければよかったと,何度も自らを責めました。自分が子どもに言うことやしたことは,そのまま自分に跳ね返ってきました。

 

後悔と反省を繰り返した2年半でした。子育てに正解はなく,不安に押しつぶされそうでした。失敗した際に責任を取れないほどに,人を一人育てるという行為は重く,そのプレッシャーは計り知れないものでした。

 

そして,周囲からは膨大な量の情報がなだれ込んできました。食べ物,おむつ,おもちゃ,しつけ。ありとあらゆることについて,ぼくたちは情報を求めました。明確な答えが得られた疑問もある一方で,調べたことでかえって頭を悩ませることになったものもありました。

悩んだ末の選択に,堂々と自信を持てたことは,いったい何回あったことでしょうか。

 

ぼくや妻の母からは,自らの成功談がもたらされました。しかしその一部は,働きながら子育てをするぼくたちのライフスタイルにはそぐわないものでした。時代の変化によって不適当であるとされたものもありました。それをぼくや妻の母に理解させることは難しく,衝突したこともありました。

 

子どものために生活を変えました。趣味はおろか,自分の買い物すら満足にする時間を持てなくなりました。

 

子どものために時間,労力,お金のすべてをつぎ込んでいるのに,全く報われないこともありました。頑張って作ったご飯を食べてもらえなかったり,喜ぶだろうとおもったおもちゃに関心を持ってもらえなかったり。子どもの気分に幾度となく振り回されました。

 

SNSで見る,子どものいない同世代の友人たちの生活が,とても眩しく見えたこともありました。

 

子どもがかわいい顔で笑ってくれることや,子どもの成長を間近で見られることは,育児による負担や疲労の見返りとして得られるものではありません。たとえばネグレクト(育児放棄)していたとしても,かわいい子はかわいいですし,成長する子は勝手に成長します。

子どものかわいさだけでは癒えないほどにこちらが摩耗してしまうこともあります。

 

我が家はいま,ぼくが単身赴任をしているため,妻のワンオペ育児状態に陥っています。毎週末に家に帰っているとはいえ,ぼくにできることは育児を「手伝う」こと。育児を主体的にしているとはいえません。

 

身体的なものだけでなく,精神的なものも含めて,育児の負担がすべて妻に掛かっています。多くのことを悩み,不安に思いながら日々を送っていることが,離れて暮らしていても伝わってきます。

 

ただ,これはとても難しいことだと思うけれど,どうか自分の子育てに自信を持ってほしい

 

子育てに正解はない以上,ぼくたちはぼくたちのやり方で子どもを育てればいい。一つ一つの家庭ごとに子育ての仕方が違うのは当たり前で,一つの「模範」を探すことも,それを目指すことも必要ない。これからも,我が家なりの子育てをしていけばいい。

 

だから,妻がした選択は全て正解なんです。

 

これからも幾度となく失敗はするだろうけれど,そうしながら親として成長していけばいい。

 

単身赴任中の身として無責任な発言ですが,妻に子どもを任せておけば大丈夫だという自負があります。信頼しています。

 

必要以上に悩むことも,思いつめることもしなくていい。利用できるすべてのものを利用し,頼れるすべての人に頼ってください。

 

子どもにとって,母親は太陽です。自らの世界を照らしてくれる,暖かいその光を浴びると元気になれる,そんな存在なのかなと思います。ときには曇って陰ってしまうこともあるし,夏には暑くて鬱陶しくなるけれど。いつも当たり前のようにそこにいて,見守ってくれているような。存在自体が重要で,それだけで世界観が変わってしまうような。

 

人の命を育てる。どんな仕事よりも難しく,過酷なミッションに挑むすべてのママへ。

心の底から,ありがとう。

 

キットカット,食べる?

 

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読書感想文『アイネクライネナハトムジーク』-ぼくに残された出会いの可能性

本書のテーマは「出会い」でしょうか。あとがきにも書かれていますが、伊坂幸太郎作品おなじみの犯罪者や超能力者は登場しませんし、異質な世界を舞台にしたものでもありません。極々、普通のサラリーマンやOL、学生たちが主人公です。人との出会いを求め、再開に心を揺さぶられ、寄り添い合いながら生きていく。そんな暖かい物語です。

 

思えば、出たいというのは何とも儚く、運命的なものです。誰かが機械的に決めたクラス替えや異動は、本人にとってとても大きな意味を持ちます。ヤマ勘で選んだ試験問題の選択肢、気まぐれで乗った電車の車両、軽い気持ちで引き受けた仕事。分岐点に立っているとはとえも思えないほど小さな局面でも、その場における選択肢や行動が、当人のその後の人生を左右するようなことがあります。

そしてそこには、人との出会いという要素が大きく絡んでいます。

 

本書アイネクライネナハトムジークに収録されている6つの短編において,登場人物たちが見せた物語は、実は誰の人生においても起こり得ることだったりします。ありふれたシーンを切り取った話であるにもかかわらず、どの話もまるでドラマのようにキラキラと輝いて見えるのは、伊坂幸太郎の手腕でしょうか。あるいは気づいていないだけで、僕たちも本当はドラマのような世界に生きているのでしょうか。

 

個人的には第1編「アイネクライネ」において,語り部である佐藤に対し友人の織田が発した本当に幸せな出会いについてのセリフが印象的でした。確かに、となんだかじんわりした気持ちになりました。

 

今後、ぼくにはどのような出会いが待っているでしょうか。10代の頃と比べて、最近では一定の距離を保ったまま親しくなるケースが増えました。誰とでもある程度親しくはなれる一方で、お互いを信じ、すべてを晒け出せるほどの仲にまでなれる人とは出会えていない気がします。一生の友と呼べるほどの仲になれるような、そんな人と出会うチャンスはまだ残っているのでしょうか。

 

おっさんに残された出会いの場は、そのほとんどが仕事に絡んだものです。同じ業界にいる、似通った属性の人との出会いが多いように思います。同じ穴のムジナ同士ならば、親しくなれる可能性も高いのかもしれません。

 

一方で、自分の引き出しを増やしてくれるのは違う穴のムジナ。自分とは全く違う世界の住人と出会い、知らない世界の話を聞くことで、自分という人間の幅を拡げたいという欲もあったりします。

 

というか、楽しいんですよね。自分の知らない世界を見られるのって。いまの自分のことも、また違った角度から見つめる契機にもなりますし。

 

そして、子どもの存在は新しい出会いを親にもたらしてくれます。ママ友、パパ友、保育士さんや児童館の職員さん。いずれの方も子どもがいなければ出会うことのなかった人たちです。お店のおばさんや街行くおじさんなど、いろいろな人に話しかけられる機会も増えました。子どもの話で盛り上がり、いろいろなことを教えてもらったり、親しくなったりしたケースもありました。

 

何より我が子との出会いにこそ、ぼくらの人生は大きく動かされました。これまでとは違うものを見せ、違うことを考えさせてくれました。ぼくという存在は、子どもとの出会いによって親になりました。

 

「出会い」という言葉は、ポジティブな響きだと思いませんか。出会う相手が必ずしもいい人だとは限らないのに。それはぼくたちが、人と出会うことに前向きな期待をしているからではないでしょうか。人と出会うことを願い、それを喜ぶことができるからではないでしょうか。まだまだ人間、捨てたもんじゃありませんね。

 

これを読んでいるみなさんにも、うちの子どもにも、これからいい出会いがありますように。

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