ぱぱハート

2児のパパの子育て日記。

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大人の読書感想文『マチネの終わりに』 大人に贈る究極のラブストーリー

大人になったからこそ、できなくなったことはありませんか。

 

年を重ねるごとに多くのことができるようになってきました。

子どもから大人になるにつれ、身体が大きくなり、また経済的な力もつくことで、できることが増え、いろいろな自由を獲得しました。

 

ですが、「成長」はそこでは止まりません。青々しい10代、20代を終えて以降も、多くの経験を重ね、酸いも甘いも嚙み分けることで、若いころには至らなかったようなことにも思いを巡らせられるようになります。

 

ただし、若さと引き換えに得たその熟成は、同時に足枷となって大人たちを縛るようにもなります。

「若気の至り」なんて言い訳が通用するはずもなく、自分の発言や行動には常に責任が付きまといます。社会的な地位や名誉のようなものも、簡単に手放すことができないものとなっているでしょう。

 

何よりも自分を縛っているのは、「こうしなければいけない」、「こうありたい」と自らに科し続ける自分自身の声なのかもしれません。

 

若いころに思い描いていた「大人像」も、いざ自分がそこに達してみると、その不安定さに驚き戸惑いを感じたりもします。

大人になることで得られた自由と、大人だからこそ失った自由。その狭間で揺れ動きながら、大人たちは歩みを進めているのではないでしょうか。

 

マチネの終わりに

 

  • 作 者  平野啓一郎
  • 出版社  朝日新聞出版・文春文庫
  • 出版年  2016年(文庫版2019年)

 

主人公は天才クラシックギタリストの蒔野聡史とRFP通信で働く国際ジャーナリストの小峰洋子の二人。ある晩、運命的な出会いを果たした二人は、どちらからともなく惹かれ合います。

 

しかし、二人の内外から発生する様々な障害が、その恋路の前に立ちはだかります。

二人が出会ったとき、洋子には既に婚約者がいます。一方の蒔野も他の女性からのアプローチに事欠かないモテっぷり。さらに、蒔野がギターのスランプに陥り、洋子もまた仕事での衝撃的な経験により精神をhまれていくことも、二人の運命を大きく狂わせます。

 

本作にはいくつかのキャッチコピーが作られています。そのうちの一つが「恋の仕方を忘れた大人に贈る恋愛小説」。蒔野は38歳、洋子は40歳。二人はともにアラフォー世代。二人の情熱は静かにしたたかに、それでいて強く熱く燃え上がります。

 

自らの境遇を客観的に見つめたり、相手の置かれた状況を慮り、相手を思うが故に身を引くべきではないかと考えたり。常に「どうしたいか」だけでなく「どうしなければいけないか」、「どうあるべきか」を考え、ときに後者を優先させながら相手を想います。

 

直線的に求め合い、盲目的に、時に周囲を敵に回すことすら厭わない、十代や二十代のような若々しい恋愛はできません。感情に振り回されすぎることはなく、むしろ地に足がついているからこそ二の足を踏んでしまうような難しさが描かれます。一歩引いて自分たちを俯瞰しているような、捨て身で前のめりになり過ぎない、むしろなることのできない歯がゆさ。四十にして惑わず、とは孔子の言葉ですが、現実には様々な悩みから解放されることはありません。アラフォー世代ならではのいくつものしがらみに縛られながら、二人は慎重に、それでいて強固に惹かれ合います。

 

大人であるが故の不器用な恋愛。その複雑な心理状態が、本作では繊細に描写されています。歳を重ねたからこそスマートさを欠いた二人の「愛」との向き合い方は、切なく、もどかしく、それでいて共感できるものです。

 

ところで、タイトルの一部である「マチネ」の意味をご存知でしょうか。

「マチネ」とは、フランス語で「午前中」、そこから転じて舞台用語で「昼公演」を意味します。

 

そのタイトルどおり、蒔野のマチネの終わりがこの作品のクライマックス。二人の関係性が決定的になる瞬間、ラブストーリーの結末がそこで描かれます。

 

また、人の寿命が80年だと考えると、40歳前後はその折り返し地点。一生を一日に置き換えると、蒔野と洋子の二人はちょうど人生の午前中の終わり頃に差し掛かっています。

生涯のマチネの終わりに二人が迎えた運命的な転換点。描かれているのは、残り半分となった人生の「午後」をどう過ごしていくかを左右する重要な局面です。

 

本作は、渡辺淳一文学賞を受賞。「アメトーーク!」の読書芸人の回でピースの又吉直樹さんオードリーの若林正恭さんにオススメの本として紹介されました。この二人の薦めるものなら間違いないという気がするから不思議です。

さらに本作はコミカライズや映画化もされており、注目を集めました。

映画化に際しては主人公の蒔野聡史役を福山雅治さん小峰洋子役を石田ゆり子さんが演じているのですが、まさに本を読んだ印象ピッタリのキャスティングです。映画もいつか見てみようと思います。

 

本作は、比較的シンプルなストーリーではあるものの、その表現がアカデミックです。詩的な表現が多く使われており、「ヴェニスに死す」等の文学作品や聖書のくだりが引用されたりもします。

読む側にもある程度の教養を求めているあたり、この作品が大人に読まれることを想定したものであることがうかがえます。知識がなくても十分楽しめるので、構える必要は全くありませんが。

 

大人の、大人による、大人のためのラブストーリー。特に、主人公たちと同じように人生のマチネの終わりころに差し掛かっているみなさん。静かで、深く、情熱的な物語に酔いしれながら、自分の「最愛」について想いを馳せてみるのはいかがでしょうか。