大人の読書感想文「店長がバカすぎて」 書店員さん,ありがとう
本屋さんや図書館などの棚は,当然のようにいつも本で埋め尽くされています。改めて考えると,これってすごいことじゃないですか。
著者の方が長い時間をかけて書き上げた文章が,編集者や出版社の方々の力で本という形になる。多くの人の長い時間と労力,熱量が注ぎ込まれた一冊の本が,書店員さんや司書さんの手によって本棚に置かれる。その棚には,同じようにして生まれた本が,数え切れないほど並んでいるのです。
並んでいる無数の本には,いつもいつも圧倒されます。本屋さんにも図書館にも多くの本がならんでいるけれど,ぼくが残りの人生で読む本は,その中の一部にとどまるでしょう。すべて読み切るなんてことは到底できるはずもありません。限りある時間の中でどの本を読むか。読む本を選ぶことも,読書好きにとっては幸福なひと時だったりします。
皆さんはどんな基準で次に読む本を選んでいますか。
ぼくの場合は情けないもので,好きな作家の作品,賞や他のメディアなどで話題になった作品,あるいは誰かに勧められた本くらいしか手に取ることができていません。表紙やタイトルに惹かれて本を手に取ることすら少なくなってきたような気がします。
読める本には限りがあるのだから,面白くない本を読みたくない,失敗したくないと考えて,より無難な選択をしてしまうのでしょう。
でも,好きなジャンル,好きな作家の作品ばかり読んでいると,どうしても偏りが出てきてしまいます。新鮮な気持ちで好きな作家の作品を読むためにも,新しいジャンル,作家の開拓は必須です。そして開拓のために参考になるのは,口コミや誰かのオススメです。
本に限らず,買い物をするときに参考になるのはその商品の口コミやレビューですが,本の場合,口コミは他の商品以上に売れ行きを大きく左右する要素なのでしょう。本屋さんには本を紹介するポップが溢れ,本それ自体に感想が記された帯が巻かれています。口コミが書かれた広告が商品と一体となっているなんて,本以外に目にすることはありませんからね。
「世界の中心で,愛をさけぶ」に寄せられた柴咲コウさんの「泣きながら一気に読みました」という感想が書かれた帯は,本の内容とともにいまだにぼくの記憶に残っています。帯やポップに書かれた文章を見て,本を手に取った経験がある方も多いのではないでしょうか。
実際に使った人がどう感じたか,という生の声は,同じ消費者の目線から商品を見ているからこそ,企業の広告やCM以上に参考になるものが多いように思います。有名サイトの口コミや星の数が人為的に操作されたりするのも,それだけの価値があるということの現れです。
誰かの「好き」が違う誰かに伝播して,そうして「流行」は生まれるのでしょう。ぼくにも,おすすめの本をどんどん教えてください。
店長がバカすぎて
主人公の谷原京子は,どこにでもいそうなパッとしない書店員です。彼女は吉祥寺にある武蔵野書店本店のしがない契約社員で,本作で描かれているのは,彼女と彼女が勤める書店の日常です。
クレーマーのようなお客さんに辟易し,出版社の対応に嘆き,自分の境遇に焦り,バカな店長にいらだちを募らせる。
出版業界や書店の裏側を見たことはありませんが,それこそ口コミなどを見る限り,本作にはかなりリアルな業界事情が描かれているようです。
思っていた以上に厳しい世界なんだな,というのが読んでみて抱いた率直な感想でした。若者の活字離れやインターネットの普及によって,出版業界全体が苦境に立たされている,というようなニュースを目にしたことがあります。それだけでなく,各書店が本作に描かれているような厳しい環境に置かれているのだとしたら。本作ではコメディタッチで描かれていますが,なかなか絶望的な状況なのかもしれません。書店員の方々には本当に頭が下がります。
そして,タイトルにもある店長。
この店長,結局のところ何者なんでしょうね。タイトルどおりのバカなのか,あるいはとんでもないキレ者なのか。読んだ方によって店長に対して持つイメージは様々なのではないでしょうか。ちなみにぼくから見た店長は「愛すべきバカ(ただし一緒に仕事をしたくはない)」といったところでしょうか。
本屋大賞にもノミネートされるほどのヒット作ですから,今後本作が映像化されることもあるのでしょう。しかし,店長が実態を持って動きしゃべっている姿を見たら,俳優の力や脚本家の解釈によって店長の正体が結論付けられてしまうような気がします。読み手の想像力に依拠するところの大きい「読書」だからこそ生まれる「曖昧さ」。スパッと答えを出してしまうのはもったいないように思うのです。
主人公の谷原京子も正体のつかめない店長も彼らの同僚たちも,根底には良い本をお客さんに届けたいという熱い思いがあるように思います。
どんなにいい文章があったとしても,誰も読んでくれなければ評価されることはありません。どんなに優れた本であっても,読み手に届かなければ感動を生むことはできないのです。
書店員さんは日々,どうすれば本屋に人が来るか,どのように推せばオススメの本を買ってもらえるかを考えてくれているのです。書店員は本を売る側でぼくたち読者は本を買う側。両者の間には隔たりがあるような気がしていました。けれども,実際の書店員さんは本を売る立場であると同時に,ぼくたちよりも本に近いところにいるだけで,本を読む消費者でもあったのです。自分よりも本に詳しい人がオススメの本を教えてくれる。書店とはそういう場所なのです。
書店員の仕事は,は本とぼくたち読者とを結ぶ架け橋のような仕事。数多ある本の中の「1冊」との出会いを作ってくれています。
これまでとは書店員さんを見る目が変わりそうです。
「読書」は一人でするものだと思っていました。しかし,読んでいるその本は多くの人の努力によって生まれ,多くの人が関わることで巡り合うことができたかけがえのない1冊です。
読書って,なんて贅沢な趣味なんだろう。改めてそう感じました。